前記事と同じ、本日アップされたインタビューです。

その前に…

別になんの意味もありませんが(笑)

只今カウンターが偶然良い数字だったのでペタッ

カウンター   イイコイイコです





松山ケンイチ、役づくりのカギは農業!? 最新主演作をアツく語る

シネマトゥデイ 2月28日(金)

シネマトゥデイ
福島でのロケを振り返った松山ケンイチと内野聖陽 - (c)シネマトゥデイ/奥山智明



 NHK大河ドラマ「平清盛」を経て、役者として新たな領域へ足を踏み入れた松山ケンイチが、第64回ベルリン国際映画祭に出品された最新主演映画『家路』について、共演の内野聖陽と語った。

 本作で松山は20年ぶりに帰郷し、立ち入り禁止区域となった福島で生きる決意をする次郎を演じる。誰もいなくなった土地に入り、田植えをしたりかまどで餅米を蒸すなど、農家の生活を体験。「農業指導の方との出会いが大きかった」とその口調が熱を帯びる。「種籾(たねもみ)と水をかき混ぜるだけでも『愛情をかけて』と言われました。口に入る食べ物にだけ愛情をかけるのではダメ。それを育てるのは土で、それを耕すのはクワで、それを使っているのは自分。全てはつながっているのだから、全てに愛情をかけなさいと教わったのです」と振り返る。

 そうした教えは農業シーンだけでなく、「人生にも通じる大事な感覚」と気付く。「次郎のように無人の故郷へ前向きな気持ちで戻るには、そういう考えがどこかにないとあり得ないだろうなと。もし農業を体験してそうした指導を受けなかったら、次郎に成り切れていなかったかもしれません」と農業が役づくりの重要なカギになったことを明かした。

 次郎の兄・総一を演じた内野聖陽も、福島弁を身に付けるために地元の人が集う居酒屋へ通うなど、そこで暮らす人との触れ合いを大切に演じた。そうした出会いを通して、「土地というのは生活に根差していて、さまざまな恵みを与えてくれるもの」と実感する。「彼らにとって土地は先祖代々守ってきたもので、東京のように土地が売り買いの対象になるという感じではありません。そういうところで生きる方々を肌で感じられたのは、この映画にとって大きな意味がありました」と感慨深げ。

 震災後の福島でロケをし、家族とは? 生きることとは? と普遍的テーマを問う本作。そこに込められたメッセージは奥深い。(浅見祥子)

映画『家路』は3月1日より新宿ピカデリーほかにて全国公開





松山ケンイチ&内野聖陽

『家路』

ハッピーエンドではないけれど、悲しいだけの悲劇でもない




シネマトゥデイ

取材・文:浅見祥子 写真:奥山智明

松山ケンイチの最新作は震災後の福島を舞台にした映画『家路』。主人公の次郎は立ち入り禁止区域となった故郷で生きるため、20年ぶりに帰郷する。次郎と腹違いの兄・総一は、妻子と血のつながりのない母と4人、小さな仮設住宅で暮らす。再会した彼ら家族に、どんな未来があるのだろう? ドキュメンタリー出身の久保田直監督が綿密な取材を経て構築したフィクションで、家族とは、生きるとは何かを問う。次郎と総一を演じた松山ケンイチと内野聖陽が、この映画に込めた思いを語った。



■内野の徹底した役づくりに驚嘆する松山

Q:お二人は初共演ですよね?  シネマトゥデイ2

内野聖陽(以下、内野):まったく初めて。会ったのも、この映画が初めて。

松山ケンイチ(以下、松山):いえいえあの、お会いしていますけど。

Q:内野さんが大河ドラマ「風林火山」に主演されたころに、一度会っていると小耳に挟みましたが?

内野:あ! 思いっきり記憶から消しちゃった(笑)!

松山:なんで消すんですか(笑)!? 「風林火山」の放送前ですから7~8年前ですね。

内野:手放しで馬に乗って弓を射るというシーンのために乗馬をやっていて、そこでお会いしたんですよね。

松山:流鏑馬(やぶさめ)ですね。60鞍(くら)くらい乗りました?

内野:100弱は乗りました。

松山:そこまでやる方はなかなかいないです。この映画で初めてご一緒した日も驚きました。方言をしゃべっているのはもちろんですが、内野さんの言葉のリズムがいつもと違っていて。何だろうな? と思ったら、現地の方のリズム感やテンポと同じだったんです。「ここまでやるんだ!」と。それって現地の方と密に話さないと気付かないことですから。とんでもない役者さんだと思いました。僕は東北人で東北の人間を演じるわけだから、たいして方言とか頑張らなくていいかなと思ったけど、いやいやこれはマズイなと。

内野:福島はもちろん、東北の方言がまったくの初めてで。方言指導のテープを渡されても、無理! 処理不能! ってくらい(笑)。イントネーションをマネするなら誰にもできるけど、現地で生きる人のリアリティーってなかなか出ないんです。総一という役柄を演じる僕に課せられた使命は、先祖代々の土地を守ってきた長男坊。そこへ次郎がふらりと帰るのだから僕の方は是が非でも福島の土着性、そこで生まれ育って闘ってきた男のニュアンスを出すことでした。でないと作品の格が下がってしまう。生きた福島弁をシャワーのように浴びたくて地元の人が集う居酒屋へ行ったり、方言指導の青年の自宅へ食事に招いてもらったり。そこで「心配要らない」という意味の「さすけねえ」という言葉をおじいちゃんたちが使っていて、ああこうやって使うんだ! と心にメモしたりしました。





シネマトゥデイ3  ■震災後の福島を、震災後の福島で撮る

Q:次郎の家のシーンは、農業指導の秋元さんが実際に暮らす家でロケしたそうですね?

松山:家自体が説得力を持っていますから演技しやすかったです。どこにいればいいのか自然とわかるような家で、迷うことがありませんでした。

Q:次郎が友人の北村(山中崇)と無人になった商店街を歩くシーンは、現在居住制限区域になっている福島県富岡町で撮影されたとか?

松山:実際に自分の足でそこに立つと、これがリアルなんだなと。ニュースなどの映像で観るとどこか違う国の話かな? と思いがちですが全然違います。日本です。今の日本で起きている現実だと実感できました。

内野:バイクに乗って街並みを見るシーンも実際の町でロケを?

松山:そうです。

内野:だからケンイチくんの表情があれほど切なくてリアルだったんだ。

Q:総一の暮らす仮設住宅も?

内野:本物です。周りは実際に住民の方が住んでいらっしゃる。皆さんが撮影を温かく受け入れてくれて、おばさんたちが出てきていろんな話を聞かせてくれたりしました。実際に家に入ると本当に狭いんです。周囲に声が筒抜けだし。そういうところで撮影していると、ニセモノの芝居じゃダメだぞ! と常に言われているようで気持ちが引き締まりました。





■ロケで出会ったうまいもの   シネマトゥデイ4


Q:松山さんは、かまどで餅米を蒸したりしていましたよね?

内野:おいしいでしょ、あれ?

松山:おいしかったです! そのあと北村と食べているご飯は、あそこで次郎が炊いた餅米です。そのおかずにしているのが、秋元さんのところで作ったみそ漬けで。

内野:本当においしそうに食べていたよね。

松山:いやあ、おいしかったですよ。

内野:二人とも無言で食べていたけど、やたらにおいしそうなの。リアルにおいしかったんだろうなって。

松山:ははは!

内野:僕らも秋元さんの家で手料理をごちそうになったけど、農家の方がイチから作っているから本当においしくて。そばなんてプロ顔負け。

松山:「寒ざらし」と呼ばれる方法で、ソバの実を冬の冷たい川の水につけてから天日干ししたものを使っているんですよね。

内野:風味が全然違って、そばって本来こういう味なんだ! って。

松山:そばつゆも変わっていて、大根おろしの汁だけ入れるんですよ。おいしかったなあ!





シネマトゥデイ5  ■価値ある企画の一歩を踏み出した方に拍手を送りたい

Q:撮影中さまざまな経験をされたと思いますが、完成した作品を観たときはどんな感想を持たれましたか?


内野:僕は作り手側なので、全てはお客さんに委ねるとしましても……特に後半ですね。故郷へ戻った次郎がお母さんと、決して安全ではない、住んではならぬと決められた場所にそれでも入っていく。その行為が希望のように見えながらまったく希望ではないという、その恐ろしさやすごみに打ちのめされました。この結末というか、作品の持つ力に。決してハッピーエンドではないけれど、悲しいだけの悲劇でもない。この映画の底力を感じて、大変な作品にたずさわらせてもらえたのだなと改めて実感したのです。映画を観ながら、この価値ある企画の一歩を踏み出した方に心の中で拍手を送りました。

松山:今現在の福島を舞台にしているので、重い気分になることもあるのではと考えがちですが、この映画はそうした問題に対して何かを発言したり、反対も肯定もしません。ただそこで生活している人間を描き、家族の再生と故郷への思いをテーマにして、それがよく伝わる作品になったと思います。とても前向きな映画に。今の福島を舞台にしながらこういう作風になったのが、何よりすごいことだと思うのです。





シネマトゥデイ6  内野聖陽と松山ケンイチ、10歳以上も年が離れていながら取材中は楽しげな会話が途切れず、和やかな雰囲気が流れた。流鏑馬(やぶさめ)のために100回近く馬に乗り、福島弁をものにするため現地の人たちの中へ飛び込む「役者魂の塊」のような内野と、そんな先輩へ掛け値なしの尊敬を注ぐ松山。二人は「風林火山」(2007年)と「平清盛」(2012年)でNHK大河ドラマの主役という重圧をそれぞれに担い、今回『家路』で震災後の福島でロケをして映画を作るという緊張感を共に味わっている。二人の間に流れる親密な空気は、強烈な体験をした者にだけに通じる共感から来るのかもしれない。

(C) 2014『家路』製作委員会 WOWOWFILMS




映画『家路』は3月1日より新宿ピカデリーほかにて全国公開



「家路」公式サイト→ http://www.bitters.co.jp/ieji/








スポンサーサイト

『家路』いよいよ明日公開です

松友さんは明日の舞台挨拶のチケットも既にゲット~ですが…

残念ながらわたくしめは行けず、よだれを垂らして報告待ち…

初日舞台挨拶は田中裕子さんも来るので行きたかったのですが…

それに先駆け、本日インタビュー記事がいくつかアップされてますのでいくつかご紹介




【インタビュー】松山ケンイチ 内なる声に耳をすまし、大河の呪縛もステレオタイプも吹き飛ばす!

cinemacafe.net 2月28日(金)

cinemacafe20140228-1.jpg
松山ケンイチ『家路』/PHOTO:Naoki Kurozu


松山ケンイチの“第2章”が始まったなどと言ったら大げさだろうか? だがスクリーンの中で見せる佇まいや存在感は確実に20代前半の頃とは異なる。結婚やNHK大河ドラマ「平清盛」への主演など、外野が好き勝手に分かりやすい“転機”を挙げることはたやすいが、松山さん自身はその説明に多くの言葉は費やさない。ただ、現時点での俳優としての思いをこう語る。

「今を生きてるからこそ、“今”を扱った作品に出たいという気持ちが強くなってますね」。

第64回ベルリン国際映画祭に正式出品された映画『家路』はまさにいま、福島に生きる人々の姿をフィクションという形で描いた作品。ある事件をきっかけに10代で家を出て、東京で暮らしてきた次郎(松山さん)は、震災後、誰にも知らせることなく原発事故で立ち入り禁止区域となった我が家へと戻り、荒れ果てた田で再び米を作り始める。一方、次郎の上京後、家を継いだ長男の総一(内野聖陽)は、故郷を離れることに忸怩たる思いを抱きながら、家族と共に仮設住宅で暮らしていた。やがて総一は次郎の帰郷の噂を耳にし…。

自身が東北(青森県)の出身であることも当然、本作への出演を決めた理由のひとつだが、松山さんが何より惹かれたのは、脚本に書かれているセリフの数々。

「セリフがものすごく美しかった。何より、誰にでも話せるものではなく、福島に暮らす当事者にしか発しえない言葉で心に刺さりました。脚本を読みながら、このセリフ、しゃべりたいなと思ったんです」。

立ち入り禁止区域に分け入り、誰に邪魔されることもなく飄々と自給自足の生活を送る次郎の表情から暗さや鬱屈した思いは感じられない。どこか神々しささえも感じさせる一方で、それでも次郎が映画の中でほかの人物を超越するような強烈な存在感を放っているかと言えばそうでもない。むしろ、印象深いのは自然の中に、愛する故郷に静かに溶け込んでいく姿。そこが、過去の松山さんの出演した作品群における、強烈なインパクトを放つキャラクターとは一線を画している部分でもある。

「ステレオタイプに演じるなら、今回の次郎は暗い男ですよね。実は、最初に脚本を読んで感じたのはそういう人物像でした。でも、故郷に戻ってきたのは、スタート地点に立つためであって、後ろに戻るようなネガティブな気持ちは一切ないんじゃないかと思ったんです。10代の頃から苦しい、複雑な思いを抱いて、家族の問題から逃げて村を出て東京に来た。でも、その間もずっとそうした思いをなくすことはできずに苦しんできたと思う。震災が起きて、いまここでもう一回、過去に向き合って、故郷に戻って前向きに生き直そうとしている――それを表現したかったし、悔しさや哀しさ以上の家族や故郷を思う気持ちがなければ、ここへは戻って来れないと思ったんです」。

次郎が故郷へ戻る決意をするきっかけとなったのは、言うまでもなく震災と原発事故だが、彼自身の東京での姿というのは一切描かれないし、言葉で次郎の心情が表現されることもほとんどない。震災の発生を受けて、どのようにして先述のような前向きな気持ちを胸に帰郷を決断するに至ったのか? そこには震災時に松山さん自身の胸に去来した思いが込められていた。

「セリフの中にもあるけど、東京に来ることで、故郷の田んぼや畑が自分を呼ぶ声を必死に抑えてきたんだと思う。震災のときの僕がまさにそうでしたが、普段は外の声が大きくて自分の内の声ってほとんど聞こえてこないんですよ。でも地震が起きて、津波の押し寄せる映像を見て、原発の建屋が吹っ飛ぶのを見て、あまりの衝撃で周りの声が一切聞こえなくなって、自分の中から湧いてくる声がすごくよく聞こえたんです。『いま何やってるんだ?』『いま、どんな気持ちなのか?』と自分自身とすごくよく会話できたんです。それと同じ感覚で、次郎はその声を、衝動を抑えきれなくなったんじゃないかと思います」。

次郎と総一の再会シーンには、2人がそれぞれに抱える葛藤や苦悩、罪の意識、怒りなど様々な思いが交錯する。いったいどのような形で2人が再会を果たすのかは映画を観てもらうとして、松山さんはこのシーンを「2人にとって必要なものだった」とふり返る。

「どうやって兄貴と対峙するのか? 難しいシーンでしたが、表現の仕方は違えども、2人が求めているものは同じなんですよ。ただ、兄の方は生活に追われ、やすらぎも何もかもが激変し、憔悴しきっている。でも次郎の方は、東京にいたので考える時間がたっぷりあった上で戻ってきてる。次郎からしたら、自然界の一員になって生きていきたいという気持ちと『なぜ田を、大事な土を捨てるんだ? という思い、家族のひとりとしてやり直したいという気持ちとか、いろんな思いがある。僕が感じていたのは、次郎はかつて家族から“逃げた”という罪の感覚の方が強いということ。一方で、田を放って去った兄たちへの複雑な思いもある。それが表れた複雑なシーンだし、単に『ただいま』『おかえり』では済まない、こうしないと次へと進めない2人だったんだなと感じてます」。

「前に進む」というのは、俳優として松山さん自身が強く感じ、常に考えていることでもある。1年にわたって「平清盛」で主役を張り、昨年は初めての舞台「遠い夏のゴッホ」にも挑戦した。改めて、この数年の変化や役者としての軸となる思いについて語る。

「(「平清盛」で)あれだけ長い仕事をさせていただいたことは、財産になったと同時に自分にとっての“荷物”になっている部分もあると思います。早く消化しないと、いつまで経ってもその場から動けなくなるのでは? とも感じました。大事なものだからこそ引きずってしまうという感覚ですね。それもあって、いろんな方向の演技や感覚を自分の中で深めていきたいという気持ちになりました」。

最後に、もうひとつだけ本作について。本作のポスターには、なんとも晴れやかな表情で母親役の田中裕子を背負う松山さんの姿が写っている。初めて田中裕子という名女優と共演し、親子を演じた感想は?

「田中さんが素晴らしい女優さんであることは僕が言うまでもなく、分かりきったことなので、何も言うことはありません」。

ぶっきらぼうにさえ見える口調で短くそう言いつつも、口許には笑みがこぼれる。

「田中裕子さんをおんぶすることができたというのは、僕の一生の思い出です」。






松山ケンイチ「方向性を定めずに」

web R25 2月28日(金)


R25.png
まつやまけんいち 1985年青森県生まれ。主演映画『家路』は、原発事故の影響で戻れない土地となった福島の田園地帯を舞台に、家族の絶望と再生を描く。「どんなことも次第に忘れられていきますが、今も現在進行形で問題に直面する人がいる。自分のなかに事実をとどめてもらうためにも、一度観ておいてほしい作品です」と松山さん。3月1日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー 小島マサヒロ=撮影



高校1年生のときにホリプロの主催する「New Style Audition」でグランプリを獲得し、芸能界入り。地元の青森を拠点とすることに限界を感じ、ほどなく上京。在学中から俳優としてキャリアを重ねてきた松山ケンイチさんにしてみれば、“社会人デビュー”という明確な区切りはない。

「でもやっぱり仕送りをもらわず、バイトもしなくなって『社会に出たな』と実感しましたね。俳優一本でやれたのが20歳を過ぎてからです」

転機は、20歳で出演した映画『男たちの大和』。角川春樹の目にとまり大抜擢され、戦艦大和に乗り込む少年兵を熱演した。

「角川さんに『役者は1800円払ってもらう仕事しなくちゃいけない』といわれ、生半可な気持ちではできないと思いました」

その言葉を胸に、次々と仕事に臨むも、果たしてうまくいかなかったという。

「流されて、“素直”に仕事をやってて失敗したんです。いろんなお仕事を通じて、これまでの方法論が通じなかったんですよね」

小さいころから素直な少年で、人に導かれるままに歩いてきて、それなりの評価を得てきたという。だが実力勝負の世界ではそれが一転、“いわれたとおり”がいい芝居につながるとは限らなかった。

「それがコンプレックスになって、今度は天邪鬼な性格になって、これまたうまくいかなくなるんです。

そこで学んだのが、頑なに方向性を定めるのではなく、いろんな可能性があることを理解すること」
方法論を固定せず、臨機応変になるべしということだ。

挫折も失敗も楽しむ。
いつかは糧になるから

東日本大震災の発生によって、廃業を余儀なくされた福島の農家を描く映画『家路』。閉鎖された故郷にひとりで戻り、稲と田に寄り添って生きることを決めた青年を驚くほど自然に演じているが、“前提”を定めて現場に臨むことはしなかったらしい。

「ぼくも東北出身で方言を持っていますから、こういう役をやりたかったんです。でも僕なんかよりはるかに“抱えている”30代半ばの役だし、考えていたのは白髪を増やして臨もうということくらい。まず監督と話して決めようと」

ともすれば悲壮感ばかりが際立つテーマを、希望が持てる作品に仕上げているのは、ニュートラルのたまものであるという。

「社会に出たときは一番頭でっかちな時期だと思います。いろいろやってみればいいし、挫折も失敗も経験値として蓄積されます。楽しめばそれでいいんですよ。自分の苦手だと思うジャンルだとしても、試しに観てみるといい。自分を成長させるキッカケは、先入観や自分のなかの方程式を取り払うことだと思うんですよね」
(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびweb R25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、web R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております





cinemacafe20140228-2.jpg

cinemacafe20140228-3.png

cinemacafe20140228-4.png

cinemacafe20140228-5.png

cinemacafe20140228-6.png

cinemacafe20140228-7.png

cinemacafe20140228-8.png

cinemacafe20140228-9.png


つづく…