松山ケンイチが初舞台「新しいことに挑戦することに価値がある」
  [2013/02/15]ぴあ

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松山ケンイチ

松山ケンイチの初舞台『遠い夏のゴッホ』が東京・赤坂ACTシアターで公演中だ。今回の舞台について松山に聞いた。 松山が演じるのは、セミの「ゴッホ」。俳優たちがセミやアリ、カマキリといった小さな生き物を演じる本作では、2匹のセミが恋のために自然の摂理をも超えていく、究極の恋の物語を描きだす。セミの幼虫のゴッホは、同じ年に生まれたセミの少女ベアトリーチェ(美波)と、羽化をしたら必ず恋人同士になろうと約束しあう。しかしゴッホの身体はベアトリーチェよりも1年早く羽化を始めてしまう。セミは羽化したら絶対にその年に死ぬ。羽化したゴッホは、愛するベアトリーチェとの約束を守るため、彼女が羽化する来年の夏まで、季節を越えて生き延びようと決心するが…。

舞台『遠い夏のゴッホ』チケット情報

人間ではなく昆虫を演じることについて松山は、昆虫と人間との死生観の違いにおもしろさを感じるという。「登場する虫たちは、自分が死んでも誰かのエサになる、という大きな自然のサイクルを理解して生きていて、人間が持っているような死に対する恐怖心がないんです。命に対する考え方がとても潔い。でも、僕が演じるゴッホだけが人間的な欲望をもって、必死に生き延びようとする。その考え方の対比がすごくおもしろいですよね。恋のために自然の法則すら超越しようと、もがき苦しむところには美しさも感じます」と話す。

脚本・演出を手がけるのは、かつて佐々木蔵之介らとともに劇団「惑星ピスタチオ」を立ち上げた西田シャトナー。西田作品については「舞台がとても立体的に見えるのがおもしろい。さらに、いろいろなことを人間の肉体をつかって表現していて、表現に独特の美しさがあるんですよね。それは映画やドラマにはない、舞台ならではのおもしろさ」と、その魅力を紹介。「僕も西田さんも新しいことに挑戦したいと思っていて、そこにすごく価値がある。今まで観たことがないような舞台に仕上がっていると思う」と作品をアピールした。

公演は2月24日(日)まで。その後、3月7日(木)から10日(日)まで大阪・新歌舞伎座でも上演。チケット発売中。

取材・文:大林計隆



「遠い夏のゴッホ」初舞台に挑戦する松山ケンイチに意気込みをきいた![インタビュー]


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2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」でタイトルロールに扮した松山ケンイチが、2013年2月、「遠い夏のゴッホ」で初めて舞台に出演する。作・演出を手がける西田シャトナーが松山に書き下ろしたのは、恋の成就のために運命に挑み、己の寿命を延ばそうとするセミの青年、ゴッホ。舞台初挑戦の意気込みを松山に訊いた。


チケット申し込み

意気込みをきいた!



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――今回、初めての舞台で演じるのがセミ役だと初めて聞いたときの心境はいかがでしたか。

 なんでセミなんだろうなと思いましたね。ほかにいろいろな生き物がいる中で、なぜ? と。でも、セミを演じる機会は絶対ないだろうから、ぜひやりたいなと思いました。「平清盛」のように、一人の人物の一生を演じる機会もなかなかないですが、セミを演じる機会もなかなかないですよね。それは無理でしょみたいな違和感はまったくなくて、すごく前向きに、いいなと思いました。

――西田さんの舞台をご覧になって意気投合され、今回の話につながったということですが、制作発表では西田さんに“天才”と評されていました。

 天才かどうかっていうのはよくわからないですが、僕の演技を見て、心動かされたからこそそういう風に言ってくれたと思うと、すごくうれしいし、この仕事をやってきてよかったなと思いますね。でも、僕にとっては、同じように西田さんも、自分の脳みそでは考えつかないような世界を作っているという意味では天才と言ってもいいなと思うんです。いろいろな作品を見ましたが、ロケットを人間がパントマイムのような動きで見せたり、舞台なのに映像的に見えたり、どれも新鮮で、驚きがたくさんあるようなものばかりで。すごい才能をもった方だなと思いますね。

――セミの役作りにあたって今の時点で考えていらっしゃることは?
 セミのことを詳しく勉強しないようにしようと思っています。例えばセミの羽を両手で表現するとか、擬態で演じるわけではなく、あくまで身体表現で示していくと思うので。

――脚本を読まれておもしろいなと感じられた点は?

 セミをはじめ、さまざまな生き物が登場しますが、人間と大きく違う死生観が描かれているなと思いました。僕が演じるゴッホだけが、人間と同じ欲をもっていて、生き延びたいと思う。すごく人間的なんです。この作品に出てくる他の生き物は、自分が死んでも誰かのえさになっていくということを知っている。でも、人間は、そういった生き物のサイクルと違うところで生きているところがありますよね。命を延ばしたいと思う欲望がある。その欲は欲で僕は美しいと思うんですが、生き物との対比がすごくおもしろいなと。死が扱われている作品ではあるんですが、さらっと描かれていて、死とは本来そういうものかもしれないな、重くしてしまったのは人間なのかなとも感じたりして。決してわかりづらくも、悲しい話でもなくて、幸せで、きれいな物語だなと思います。人間の話としてではなく、生き物の話としてやるからこそ、そう感じられるのかもしれないですが。

――ご自身の自然への思いはいかがですか。

 なくてはならないものですし、自分の足元にある地面は土がいいなと思いますね。自然は、エネルギーを循環してくれる気がするんです。大河ドラマの撮影中も、代々木公園に行って土の上に寝っころがって、空を眺めたりして。雲がない空を眺めていると、自分の中の悪いものが空に向かって出ていく感じがしましたね。ロケで撮影するときも、自然に囲まれていると、スタジオの中で演技するのとちょっとテンションが違っていたりしますし。最近山に登ったんですけれども、だんだん登っていることだけに集中していくようになるんですよね。そうして自然を相手にすると、自分は大したこと考えてないなって、ふっと考えが消えていったりしますよね。

――演じられているときにそういう感覚になったりということはありますか。

 そうですね、演じている最中は消えているのかもしれないですね。でも、どうしても主観で表現に固執していたりするので、演じ終わった瞬間、考えが戻ってきたりしますよね。

――セミの思い出は?

 撮影中、うるさいなって思ったり(笑)。夏に、目の前を飛んでいく姿を見ると、命を燃やしているな、最後の力を振り絞っているんだろうなと思いますよね。なんだか、人間なんかに殺されてたまるかっていう思いを感じたりして。

――制作発表の際、自分に向かって飛んでくるゴキブリに命の炎を感じること、そして、演技をしているときたまにそんな炎を感じるとおっしゃっていたことが非常に印象的でした。

 犬とかイルカ、馬なんかはコミュニケーションできるなと思うんです。でも、ゴキブリみたいに、人間とはまったく違うところで生きている生き物はそれが難しいなと。出て行ってくれるよう、ゴキブリともコミュニケーションできないかなっていろいろ試してみたんですよ。でも、言葉は通じないし、そういう空気感を出してみても伝わらない。なかなかうまくいかないので、家を守る主としては、やはり退治するしかなくて。
 火がついた人間って、自分の能力以上のものが出ている瞬間があるなと思うんです。何か人から言われたとか、きっかけはいろいろあると思うんですけれども、そうやって燃えている瞬間は、自分の中ではすごく最高のものだと思うんですよね。ただ、自分で自分に火をつけるというのはなかなか難しい。想定していないところから火がつく瞬間もあって、それを待っているというか。火がついたときは、脳みそのリミッターが外れたみたいな感覚で、それが、自分に向かってくるゴキブリと似ているなと思ったんです。燃えた後はどっと疲れるんですけど(笑)。

――そのあたりに、役者を続けてこられた醍醐味もあるのかなと思うのですが。

 そうですね、今回の作品もそうですが、自分にはない新しい価値観や見方、生き方を、役を通して知ることができるのは、やっぱりすごくおもしろいなと思いますね。

[取材・文=藤本真由(舞台評論家)]
[写真/平田貴章]
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Happy Birthday GORO!

10万アクセスありがとうございました~(*^_^*)

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